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福井地方裁判所 昭和49年(行ウ)3号 判決

原告 小林茂

被告 福井県公安委員会 ほか一名

訴訟代理人 中村三次 山口三夫 吉田利雄 ほか四名

主文

一  原告の各請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

原告は昭和四九年(行ウ)第三号事件に付き、「一 被告が原告に対し昭和四九年四月一一日付でなした自動車運転免許停止処分に対する審査請求を棄却する旨の裁決を取消す。二 訴訟費用は被告の負担とする。」との、同年(行ウ)第七号事件に付き、「一 被告が原告に対し昭和四八年一二月一七日付でなした自動車運転免許停止処分を取消す。二 訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告らは本案前の答弁として、「一 本件訴を却下する。 二 訴訟費用は原告の負担とする。」との、本案の答弁として主文同旨の判決を求めた。

第二主張

一  請求原因

(一)  被告福井県警察本部長に対し

1 被告福井県警察本部長(以下「被告警察本部長」という)は、昭和四八年一二月一七日原告の自動車運転免許(同四六年五月二六日被告福井県公安委員会交付第五二六八一二四九二三〇号、第一種普通自動車、自動二輪免許、以下「本件免許」という)の効力を三〇日間停止する旨の処分(以下「本件原処分」という)をなした。

2 本件原処分の理由は、原告の左記道路交通法所定の各違反行為にして、その累積点数が六点となつたため、本件免許の効力を前項の通り停止するというものである。しかして後記(2)違反行為の内容として被告警察本部長の認定した事実は、原告が昭和四八年五月二五日午前一一時七分ころ大野市中野五三の一〇先の市道中津川線と京福電鉄越前本線とが斜めに交差する中野第五踏切(以下「本件踏切」という)を通過する際、その直前で一旦停止の義務を怠つた(以下「本件違反行為」という)というにある。

違反行為の発生年月日  違反行為の種別等 点数

(1) 昭和四七年 六月 三日 不停止違反    二点

(2) 同 四八年 五月二五日 踏切一旦停止違反 二点

(3) 同   年 七月 二日 駐車違反     一点

(4) 同   年一〇月一〇日 速度違反     一点

3 しかしながら原告には、本件違反行為はなく、却つて原告は、本件踏切通過の際、停止指導線は消えていたが、その直前(原告運転車両の右前方角と、線路との距離二メートルの位置)で一旦停止し、左右の安全を確認のうえ右踏切を通過したのであつて、何等の違反行為はなく、現に原告を検挙した警察官も、原告が右地点で停止したことを認めていたものである。

4 しかるに被告警察本部長は事実認定を誤り、前記(1)(3)(4)の各違反行為と併せて原告の違反累積点数が六点に達したとして本件原処分をなしたもので、本件違反行為がない以上、原告は本件免許の効力を停止されることはないから、本件違反行為の存在を前提としてなされた本件原処分には事実誤認の違法がある。

(二)  被告福井県公安委員会に対し

1 そこで原告は、本件原処分を不服として昭和四九年二月一五日被告福井県公安委員会(以下「被告公安委員会」という)に対し審査請求を申立てたところ、右被告は同年四月一二日審査請求を棄却する旨の裁決(以下「本件裁決」という)をなした。

2 しかしながら本件裁決には次の違法がある。

(1) 本件原処分同様本件違反行為の不存在を看過した。

(2) 裁決手続に瑕疵がある。即ち原告は、昭和四九年三月一二日の被告公安委員会の口頭審理の際、同被告に対し本件踏切における適正な停止位置を現地に即して明示すること、原告の停止位置のうち、原告がセンターライン寄りで停止したことをもつて違法とされるのかの二点につき釈明を求めたが、同被告は右の点について全く釈明、審理することなく卒然として本件裁決をなしたもので、右審理は余りにもずさんであり、審理手続の違法評価を免れず右の瑕疵は明らかに本件裁決を違法たらしめるものである。

よつて、原告は被告警察本部長に対し本件原処分の、同公安委員会に対し本件裁決の取消を求める。

二  被告両名の本案前の答弁に対する反論

被告らは、昭和四九年一二月一六日の経過により、本件原処分は前歴として算入されないことになつたから、原告の本訴各請求は行訴法九条の法律上の利益を欠くに至つたというが、たとえ前歴として算入されず、点数計算上の不利益がなくなつたとはいつても、違法な免許停止処分を受けたという事実は消えないから、取締官から事実上不利益な取扱いを受けたり、就職取引その他の社会生活上の有形、無形の不利益を蒙るおそれは多分に存する。従つて原告が本件原処分および裁決の取消を求める利益は右の意味において行訴法九条の法律上の利益に外ならない。

そのうえ、被告らは処分庁、裁決庁として充分事案に精通しており進んで自からの処分ないし裁決の正当性を明らかにすべき法律上の義務を負つているに拘らず、記録一切の提出勧告にも応ずることなく訴訟を引延しておいて、本件原処分から一年経過した後右のような主張をなしたもので、権利濫用といわざるを得ない。

三  被告両名の本案前の答弁

1  被告警察本部長は、昭和四八年一二月一七日道交法一〇三条二項、一一四条の二一項、同法施行令三八条一項二号イに基づき、原告主張の通りの本件原処分を行つたが、原告は右処分当日道交法一〇八条の二に基づく講習を受けたため、同法一〇三条九項、同法施行令三三条の五により、免許停止期間が二九日間短縮されたため、実際に停止された期間は、本件原処分の日である右同日の一日だけであつて、右処分は、同日の経過によりその効力が喪失した。

2  ところで道交法一〇三条二項、同法施行令三八条一項によれば、公安委員会が道交法違反者に対し行政処分を行うに際し、当該違反者に過去三年以内の運転免許停止処分の前歴がある場合には、前歴のない者に比し不利益となるが、過去三年以内の前歴であつても、その間一年間無違反、無処分等で経過した場合にはその前歴が抹消され、前歴のない者として取扱われ、不利益を受けない事になる。

3  しかるに原告は本件原処分の日である昭和四八年一二月一七日から同四九年一二月一六日までの一年間を無違反、無処分のまま経過したので、本件原処分は抹消され、右昭和四九年一二月一七日以降右処分は前歴とはならないから、原告は前歴のない者として取扱われ不利益を受ける事がなくなることになる。また原告は右処分の存在によつて他に不利益に取扱われることもない。

4  したがつて、仮に本件原処分および裁決が違法であるとしても、昭和四九年一二月一七日以降は、右処分および裁決を取消しても、原告に回復すべき法律上の利益はなく、本件各請求は訴の利益を喪失した。

四  請求原因に対する認否

(一)  被告警察本部長

請求原因(一)12は認め、同3は否認する。

(二)  被告公安委員会

請求原因(二)1は認め、同2は昭和四九年三月一二日に行われた被告公安委員会の口頭審理の際、原告から同被告に対し本件踏切での適法な停止位置を明らかにするよう求められたことは認め、その余は否認する。

五  被告らの主張

(一)  被告警察本部長

1 本件踏切は、県道と鉄道が約二〇度の鋭角で交差し、且つ左右に民家、樹木、雑草、電柱等が存する見通しの極めて悪い危険な踏切であるため、所轄警察署長において車両の停止位置不適に基因する事故発生を未然に防止するため指導の意味で、その直前(〈証拠省略〉添付図面〈省略〉中(A)の位置)に白色ペイントで停止線を表示していた。

2 ところで原告は、その主張日時に本件踏切を通過する際その直前で停止しなかつた。即ち原告が本件踏切を通過する際、先行車があり、右先行車が踏切の直前で適正に停止したため、原告はその後方に約二メートルの車間距離をおいて停止(踏切までの距離は、原告の進行方向に道路左側端で一七・四メートル、道路中央部で約一〇・三五メートル、道路右側端で約四・〇メートル)し、右先行車の発進後原告も発進したが、そのまま踏切を通過し、その直前で停止しなかつた。原告の右停止位置は道交法三三条一項にいう踏切の直前とは認められない。従つて原告の本件違反行為の存在は明らかである。よつて被告警察本部長のなした本件原処分は適法で、原告の本訴請求は失当である。

(二)  被告公安委員会

1 原告は被告公安委員会に対し昭和四九年二月一五日付で相被告警察本部長のなした本件原処分に対し異議の申立を行い、審理方式については口頭意見陳述の機会をあたえるよう求めた。

2 そこで被告公安委員会は、原告に対し口頭による意見陳述の機会をあたえたところ、原告は右被告に対し適正な停止位置は何処か、停止線附近というのは停止線の前後何メートルかを質したので、被告は現場に標示してある停止線附近が適正な停止位置であること、停止線附近とは停止線から二、三メートルも離れたところでなく、線の間近である旨説明する等原告の質問に応じ十分審理を尽した。

3 このように同被告は本件審査請求における審理に際し、原告に口頭陳述の機会を十分あたえたうえ審理を尽し、本件裁決に及んだもので、本件裁決手続には何ら違法はなく原告の本訴請求は失当である。

4 なお、原告は本件裁決の取消原因の一つとして本件違反行為の不存在を主張するが、行訴法一〇条二項によれば、処分の取消の訴と、その処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴とを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴においては、当該裁決固有の違法事由の主張に限られ、本件違反行為の不存在の如きは原処分の取消において違法事由として主張さるべきもので裁決固有の違法に属さないから、原告の右違法事由は主張自体失当というべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告両名の本案前の答弁の理由についての判断

被告警察本部長が昭和四八年一二月一七日原告の本件免許の効力を三〇日間停止する旨の本件処分をなしたことは当事者間に争いがなく、同被告が右処分当日免許停止期間を二九日短縮したことは、原告の明らかに争わないところである。してみれば、本件原処分は、被告両名主張の通り、同年一二月一七日の一日の経過によりその目的を達し、効力が消滅したことは明らかである。

ところで道交法一〇三条、同法施行令三八条の規定によれば、公安委員会は、道交法違反に対する行政処分を行なうに際し、当該違反者に過去三年以内の運転免許停止処分の前歴があるときは、これが判断の資料となるため、前歴のない者に比し不利益となるが、過去三年以内の前歴であつても、その間一年間無違反、無処分で経過した場合は前歴として取り扱われず、前歴のない者と全く同じ扱いとなることになつており、他の右前歴の故を以つて被処分者を不利益に取扱い得ることを認めた法令の規定は存しない。これを本件について見るに、原告が本件原処分の日である昭和四八年一二月一七日から満一年内無違反、無処分で経過したことは原告において明らかに争わないところであるから、原告は、昭和四九年一二月一八日以降右処分を受けたことを理由に右の道交法上の不利益処分を受ける虞れはなくなつたというべきである。

しかしながら、〈証拠省略〉によれば、原告は本件免許の有効期間満了後その更新をなし現に本件原処分の記載のある昭和五二年八月一九日までを期限とする新たな免許証を所持していることが認められる。

そうすると、本件原処分から一年を経過したことによつて、原告が前記不利益を受ける虞れは解消したとはいえ、免許証の右のような記載を抹消すべきものとする規定は存しないから、右記載は、有効期間の更新によつて新免許証の交付されるまでの間抹消されることなく存続するものと考えられる。ところで免許停止処分が、当該被処分者に対し、その違反行為の存在を確認・宣言する制裁的処分としての性格を有することにかんがみると、右処分が違法である場合においてはこのような性格の処分が記載されている免許証を常時所持することにより、原告は、警察官等に原処分の存在を覚知され、そのため原告の名誉、感情、信用等をそこなう可能性が常時継続することになり、このようなことは原告にとつて黙過することのできない違法状態が存するというべきであるから、右違法な処分を取消し、もつて違法状態を排除することは、法の保護に値する原告の利益と解すべきである。

従つて、原告は本件原処分および裁決の取消しによつて回復すべき法律上の利益を有するものということができるから、右各訴の却下を求める被告両名の本案前の申立は理由がない。

二  本案の判断

(一)  本件原処分の当否

本件違反行為の内容とされるものは、原告主張の日時場所において原告が本件踏切を通過する際その直前で一旦停止義務を怠つたというにあることは当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉によれば、本件踏切は南北にやや湾曲して走る京福越前本線(単線)の線路敷(幅員二・一二メートル)と南南西から北北東に直線に走る県道(幅員四・四七メートル)がほぼ二〇度の鋭角をなして交差する踏切であること、原告は前記日時に普通貨物自動車(以下「原告車」という)を運転し、右県道を大野市方面から勝山市方面に向け北北東に進行して本件踏切に差し掛つた際、原告進行方向の県道左側端と右踏切が交わる地点から九・六五メートル手前に白ペンキで引かれた線(いわゆる指導線)があり、原告は右線付近で一時停止している先行の普通貨物自動車(以下「先行車」という)に追いつき、その後方で一時停止したが、先行車が間もなく発進したため、原告車もこれに続いて発進しそのまま右踏切を通過したこと、原告が一時停止した位置は同人によれば右地点から一五・八メートル、原告を検挙した警察官によれば一八・三五メートルそれぞれ手前の地点であつてこれら地点からは、右踏切以南の京福越前本線の軌道(原告進行方向右側)は、県道との間に民家や警報機等が建ち並んでいるため、見透しが困難であること、右白ペンキ線の位置からの右軌道敷部分の見透しは注意看板、警報機、電柱等が存し多少見透しは悪いものの、なお電車の通行の有無の確認が可能なこと以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠省略〉は措信し難く、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

ところで道交法三三条一項所定の「踏切の直前」とは踏切から至近の距離で且つ踏切を往来する軌道車の進行に即応して踏切通過の安全を確認することができる地点をいうと解するのが相当であるところ、前認定の通り原告が一旦停止した位置からは踏切の軌道上の交通の安全を確認できないから、原告のした一時停止は同法条にいう踏切の直前停止にあたらず、原告には一旦停止義務違反があつたというべきである。

よつて本件違反行為の存在を前提に、原告の他の違反行為と併せてその累積点数が六点に達したとして被告警察本部長のなした本件原処分に何らの違法も存しないというべく、この点に関する原告の主張は失当である。

(二)  本件裁決の当否

1  原告は、本件裁決が本件違反行為の不存在を看過してなされたことをもつて同裁決が違法である旨主張するが、行訴法一〇条二項は本件のごとく行政処分の取消の訴とその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消の訴を提起できるときは、裁決取消の訴においては当該裁決固有の違法事由に限り主張することができる旨規定しており、右固有の違法事由とは、裁決の主体・手続等の形式に関する違法を意味し、実体に関する違法を含ましめない趣旨と解せられるから、本件違反行為の存否の判断に関する違法は本件裁決の違法事由として主張し得ないものといわざるを得ない。

2  原告は、昭和四九年二月一五日被告公安委員会に対し本件原処分の審査請求の申立をなしたこと、同年四月一二日同被告が右申立を棄却する旨の本件裁決をなしたこと、同年三月一二日の同被告の口頭審理の際原告が同被告に対し本件踏切における適正な停止位置を明示するよう求めたことは当事者間に争いがない。

〈証拠省略〉によれば、被告公安委員会は昭和四九年三月一二日原告の求めに応じ原告に口頭による意見陳述の機会を与えたこと、右口頭審理の席上原告からの停止位置に関する前記求釈明事項につき同被告は、その地点は踏切から至近の距離にしてしかも左右の安全が最も良く確認できるところであつて、前記白色ペイント線附近を言い、右線より二ないし三メートルも離れている地点は附近とは言えない旨説明したこと、同被告は右口頭審理に先立つ同年二月二三日およびその後同年三月二〇日の二度に亘り本件踏切において原告を検挙した警察官立会の下に、原告の不服申立理由に沿い、現場踏査を行い、原告に右側通行違反の事実はないが、一時停止違反の事実ありと認めたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。

以上によれば、被告公安委員会は、原告の本件審査請求に対し、その不服申立の理由に沿い事実の調査をなすと共に、原告に口頭による意見陳述の機会を与えたうえその釈明にも応じ十分審理をつくし、本件裁決に及んだことが明らかであるから、本件裁決手続に何等の違法も存しないというべく、この点に関する原告の主張は失当である。

三  以上の次第で原告の本訴各請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 松本武 川田嗣郎 桜井登美雄)

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